【感想】アキレスと亀(監督:北野武)

アキレスと亀 [DVD]

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タイトルの『アキレスと亀』は「ゼノンのパラドックス」の1つ。

「ゼノンのパラドックス」における「アキレスと亀」を大まかに説明すると、
アキレスと亀が徒競走をします。アキレスからハンデをもらった亀は、アキレスより前方のB地点よりスタートすることに。アキレスは亀のいるB地点より後方のA地点(=スタート地点)にいます。
アキレスと亀が同時にスタートし、アキレスがB地点に着くとき亀は前方のC地点に。
・アキレスがC地点に着くとき亀は前方のD地点にいます。

このように続けていくと、アキレスが亀のいた地点に着くとき、亀は僅かながらもそこから進んだ地点にいることになり、アキレスは永遠に亀に追いつくことができません。

もう少し詳しく説明しますと、
・ハンデとして与えられたB地点から、A地点(=スタート地点)の距離を1とします。
・そしてアキレスは亀より2倍の速さで走ることができるとします。
・アキレスがB地点に着くとき(=1進むとき)、亀は1/2進んだところにあるC地点に。
・アキレスがC地点に着くとき(=1/2進むとき)、亀は1/4進んだところにあるD地点にいます。

これを式で表すと、1 − (1/2)nとなります。
(1/2)n は n が大きくなればなるほど0に近づくため、最終的には1になる(=アキレスが亀に追いつく)わけですが、そのためには無限という課題がつきまとう。

小難しく説明しましたが、要は永遠に追いつけないことだけ押さえておけば大丈夫です。
参考リンク:ゼノンのパラドックス - Wikipedia

概要

幼い頃から絵を描くのが好きだった倉持真知寿は父の会社の倒産、両親の自殺による天涯孤独、裕福な生活から一転して困窮といった辛い体験を経て、画家になることを人生の目標として生きるしかなくなってしまう。
ひたすら芸術に打ち込んでいく真知寿だが、現実は厳しく、彼の絵が世間に評価されることはなかった
そんな真知寿の前に現れた女性、幸子だけは「私なら、彼の芸術、分かると思う」と理解を示す。やがて二人は結婚し、真知寿の夢は夫婦の夢となった。
娘のマリが産まれ、幸せに包まれながらも二人は様々な芸術に挑戦するが、やはり世間からは評価されない
しだいに二人の創作活動は街や警察を巻き込むほどエスカレートしていき、家庭崩壊の危機を迎えてしまう。

感想

どうして私の作品を分かってくれないんだ
創作活動をしている人ならば、一度はこのようなことを考えたことがあるはず。
それでも心のどこかでは「世間がいずれ私の魅力に気付く」「私の実力が世間に評価されるレベルに達する」とも考えているんじゃないでしょうか。
そうした自分への慰めに対し、この作品は厳しい現実を突きつけてきます。
世間が評価するレベルに自分が追いつくことなどない、ということを。

劇中において真知寿は幼年時代、画家から「よく見て描きなさい」とのアドバイスを受けます(それまでは大胆な絵を描いていた)。
時は流れ青年時代、よく見て描いた風景画を画商に見せると「インパクトのある絵じゃないと」と言われてしまう。
人からのアドバイスをもとに絵を描くと、すでに時代のニーズは変わっていて、いつまで経っても真知寿は世間に追いつけません。

世間は__特に子供に__夢を持つことを勧めます。
頑張れば夢は叶う、と。
確かに夢が叶った人は頑張った人でもあります。
けれども、夢が叶わない人だって頑張った、いや頑張っている人なんです。
努力しても報われない現実があるということを声に出すのはタブー視されがちですが、この作品ではそれを真っ正面から描写しています。

厳しい現実に直面することばかり書いてきましたが、この作品にも救いはあります。
1つは唯一の理解者、妻の幸子の存在。世間という多数に評価されない残酷な現実を描いていますが、同時に一人でも作品を理解してくれる人がいることの有り難みも伝わってきました。
特に最近はインターネットの発達によって、自分の作品を発表する機会が以前に比べて多くなっています。幸子ほどではないにしろ、自分の作品を理解してくれる人にも出会いやすいのでは、なんて考えました。

もう1つは、実は追いつけないのは真知寿ではなく世間ではないか、という見方ができること。
青年時代、画廊には真知寿が幼年時代に描いていた大胆な絵が飾られていました(父の会社が倒産し、両親が自殺する中で流出した物と思われます)。
中年時代、喫茶店内の壁には真知寿が青年時代に描いた風景画が飾られていました。
どちらも描いた当初は評価されなかった作品です。
真知寿は才能がなかったわけではなく、描く作品と時代のニーズが噛み合わなかっただけなのかもしれません。

結局のところ、世間に評価される・夢が叶うというのは運の要素が強いんだと思います。
そうした残酷な現実を世間に評価された・夢が叶った側の北野武さんが描くというのは、何ともえげつない感じがしましたが、だからこそ強烈なメッセージ性を持つのではないでしょうか。
表現者を志す人には一度見てもらいたい作品ですね。
このような現実を目の当たりにしてもなお、表現者を志し続けるのか
僕は志し続けようと思います、世間に迷惑をかけない範囲で(笑)。


参考リンク:アキレスと亀 公式サイト